壺井八幡宮初夏の神事
2019年6月1日(土)、大阪府羽曳野市壺井に鎮座する壺井八幡宮で、毎年恒例の弓馬術礼法小笠原流による三々九手挟式(さんさんくてばさみしき)の奉納神事が執り行われました。壺井八幡宮といえば、武家の棟梁といわれた河内源氏発祥の地にあり、その総氏神とされた由緒ある神社で、周辺には河内源氏ゆかりの通法寺跡や頼信・頼義・義家を祀った源氏三代の墓といった史跡があります。
●壺井八幡宮についての記事はこちら →壺井八幡宮(羽曳野市) ・日本を動かした河内源氏発祥の地
壺井八幡宮内の壺井権現社 |
小笠原家は、弓馬術礼法小笠原流の祖である初代小笠原長清(1162年~1242年)に始まる清和源氏の家系で、小笠原長清は26才のときに源頼朝の「糾方」(弓馬術礼法)師範となりました。小笠原氏は甲斐源氏ですが、甲斐源氏は甲斐国に土着した清和源氏の河内源氏系一門ということで、壺井八幡宮とは深い縁があります。
小笠原流の公式ホームページによると、三々九手挟式は、かつての武家社会で正月4日の弓始式の時に限り行われた厳格な弓の儀式ということで、文武を統べる道として天下泰平を祝う射礼として行われていたそうです。こちら壺井八幡宮では毎年6月の第1土曜日に執り行われています(変更の可能性もあり)。
的は青い幕の下方 |
的は杉又は桧の板的を用い、その一辺の長さは前弓は八寸(陰の最大の数)、後弓は九寸(陽の最大の数)と規定されています。
前弓の板的の裏には十文字の切れ目が入り、後弓の板的の裏には三寸毎の井桁(いげた)の切れ目が入っているそうで、この板的を串に挟んで立て射抜くことから、井桁の数より三々九の挟物といわれているそうです。
三々九手挟式 |
前日は雨で天気が心配されましたが、この日は晴れ空のもと、行事は壺井八幡宮内の壺井権現社の鳥居前で11:00から始まりました。
前弓の方々 |
それぞれ数名からなる前弓と後弓に分かれて一人1本ずつ矢を放ちます。
後弓の方々 |
行事の進行はもとより、弓矢、装束、所作などについても随時解説されるので、初めて見る方でも分かりやすいと思います。
最後に前弓と後弓それぞれの大将格の方が2本ずつ矢を射て、最終的な勝敗が決められます。
行事終了 |
儀式を終え参拝へ |
手前の権現社から奥の八幡宮へ |
最後は皆さんで八幡宮を参拝されていましたが、神社の境内をこの衣装で弓を持った方々が歩いている景色を見るとタイムスリップしたようでもあります。
使用不可の南側の石段 |
南河内でこの様な奉納神事を見ることが出来るのも、武家の棟梁・河内源氏発祥の地である壺井八幡宮ならでは。駐車場は上も下もほぼ満車のようで、多くの方が見に来られていました。
ちなみに、当八幡宮には国指定重要文化財の鎧「黒韋威胴丸壺袖付」や国指定重要美術品の太刀「天光丸太刀」といった源氏ゆかりの宝物も所蔵されています(通常は拝観できないので、希望される方は事前にご連絡を、とのこと)。
●壺井八幡宮 ホームページ →http://www.tuboihatimanguu.jp/index.html
●小笠原流 ホームページ →http://www.ogasawara-ryu.gr.jp/
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